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2008年06月22日
コラム:「時間を使って生きる」
十二時を使い得たり
これは、唐代の禅僧、趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)の言葉です。
全体で以下の通りとなります。
問う、「十二時中、如何が心を用いん」と。
師云く、「你は十二時jに使わる、老僧は十二時を使い得たり。你、那箇の時をか問う」と。
ここに見える「十二時」とは、今の「十二時」のことではなく、二十四時間のことです。
ここで趙州に質問をした人は、「一日をどのような心掛けで生きればよいのか」と問うています。それに対して趙州は、「お前は時間に使われて生きているが、わしは時間を使いこなして生きている。お前は一体、どちらの時間のことを聞いているのか」と答えます。趙州は、質問者に時間を使いこなして生きることが肝要だと言いたかったのでしょう。
さて、人はみな同じ一日二十四時間の中で生きています。
しかし、有意義に一日を過ごす人もいれば、そうでない人もいることでしょう。人によって一日の価値は異なるものです。ではどうしてそのような差が生じるのでしょうか?
「光陰矢のごとし」という言葉がある通り、時間は非情にも刻一刻と過ぎていきます。気がつけば白髪、なんてこともあるかもしれません。
時間はみな均等に与えられています。それを無駄に使うか、有意義に使うかは本人の心掛け次第です。
与えられた瞬間瞬間を真剣に、懸命に生きること、それが時間を使いこなす生き方と言えましょう。そもそも、与えられた一日を、本当に懸命に生ききっていれば、「一日をどのような心掛けで生きていけばよいのか」というような質問が頭に浮かぶことさえないはずです。
質問者は、無為に過ごす一日を後悔して趙州にこう問うたに違いありません。しかし、まさに今際の際にある人にとっては、そんな後悔さえ虚しいものです。
「時を得る者は栄え、時を失う者は亡ぶ」(列子)という言葉もあります。
一瞬一瞬に「主人公」として生きて行くことが肝要です。
2008年06月14日
コラム:犀の角のように
四方のどこにでも赴き
害心あることなく
何でも得たもので満足し
諸々の苦難に堪えて
恐れることなく
犀の角のようにただ独り歩め
(『スッタニパータ』)
『スッタニパータ』は、仏教の多数の諸経典のうちでも、最も古いものであり、歴史的人物としてのゴータマ・ブッダ(釈尊)のことばに最も近い詩句を集成した一つの聖典である(中村元訳『ブッダのことば、スッタニパータ』岩波文庫、より)。
ここで挙げたものは、岩波文庫本で、42篇目に当たります。
ここに見える「犀の角」とは、動物のサイの角のことで、「独り歩む修行者」を指します。中村元氏によれば、「〈犀の角のごとく〉というのは、犀の角が一つしかないように、求道者は、他の人々からの毀誉褒貶にわずらわされることなく、ただひとりでも、自分の確信にしたがって、暮らすようにせよの意である」と定義されています。
『スッタニパータ』では、犀の角のような生き方を、40篇の詩でたたみかけるように説いていきます。ここでは、そのいくつかを挙げてみましょう。
(35)あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく
あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく
また子を欲するなかれ
況や朋友をや
犀の角のようにただ独り歩め
(39)林の中で
縛られていない鹿が食物を求めて欲するところに赴くように
聡明な人は独立自由をめざして
犀の角のようにただ独り歩め
(40)仲間の中におれば
休むにも、行くにも、旅するにも
つねに人に呼びかけられる
他人に従属しない独立自由をめざして
犀の角のようにただ独りあゆめ
(52)寒さと暑さと
飢えと喝(かつ)えと
風と太陽の熱と
虻と蛇と
これらすべてのものにうち勝って
犀の角のようにただ独り歩め
(68)最高の目的を達成するために努力策励し
こころが怯むことなく
行いに怠ることなく
堅固な活動をなし
体力と智力とを具え
犀の角のようにただ独り歩め
(75)今のひとびとは自分の利益のために交わりを結び
また他人に奉仕する
今日、利益をめざさない友は得がたい
自分の利益のみを知る人間はきたならしい
犀の角のようにただ独り歩め
………
「犀の角のように」独立して生きていくこと、これは修行者に限らず、一人の人間として理想的な生き方と言えるでしょう。
しかしどうでしょう?最近は、いい年をしていても、親離れ、子離れできず、互いに依存して生きている方が多いように見受けられます。さらには周囲の人にも依存し、甘え、過大な要求をして、それがかなわなければ憎しみを抱く、そんな人もいます。
人はみな孤独を恐れます。しかし、真に自立した人は、孤独を受けいれ、孤独に徹して生きて行きます。そして、孤独に徹した人は、孤独であるが故に、他者に対して優しさを与えることができます。そして結果的に、人に愛され、孤独ではなくなります。
犀の角のように、高潔に、気高く生きたいものです。
2008年06月06日
コラム:「真っ直ぐに行く」
驀直去
この言葉は、「まくじきこ」と読んで、「真っ直ぐに行け」という意味です。
『列子』の中に次のような逸話が出ています。
楊子という人物の隣人が、ある時、飼っていた羊を逃がしてしまった。そこで、自分の家の者を引き連れて羊を追いかけた。しかし、岐路に出くわし、羊の逃げた方向がわからずに、遂に諦めてしまった。
とても単純な話です。この話は、他に『准南子』にも見えます。
人は往往にして岐路に出くわすと、行き先を見失って戸惑うものです。しかし、目標がはっきりしていれば、途中の岐路でたとえ間違った道を選んだとしても、結局は目的地に行き着くものです。
大切なのは、その時に自分の選んだ道を疑わずに一心不乱に進むことです。迷いを起こさないことです。
些末なことにとらわれて、根本を見失っては元も子もありません。
2008年06月05日
おすすめ書籍:桝野俊明『禅と禅芸術としての庭』

曹洞宗の僧侶であり、庭園デザイナーでもある著者による、禅庭論。
禅の庭とは
・禅の到来以前の庭は、たんに眺める対象、あるいは使う対象とした庭園であった。しかし、禅の思想は、これまでにはなかったかっきてきな考え方を庭園に持ち込んだ。それは、心の内に見、心の内なるものを無限定に表現することである。
禅とは何か、という基本的な説明から始め、禅の庭について考察を深める。
毎日新聞社 本体1905円(税別) 2008年4月
*禅の芸術、禅の庭園についての論は数多い。しかし、歴史と思想の両面から禅の庭について総合的に述べたものは数少ない。
本書は、その両面を通して禅に庭について考察を加えたものである。
禅の庭は哲学的で難解である。実際には禅は非常に簡単なことしか言ってはいないのであるが、近代以後、禅に関する言説は非常に難解なものになってしまった。そして、誤解も多い。
例えば、これも最近出版された、上田篤『庭と日本人』(新潮新書、2008年1月)の中の禅の庭に関する記述は良くない。
そもそもこの書の文章は、全体に渉って独りよがりで分かりづらいものであるが、特に禅の個所は悪い。この作者はあまり禅に造詣が深くないのであろう、誤字と破滅的な誤読が見られる。
それに較べて、本書は禅僧が執筆したものであるから好感が持てる。
本書の内容は、タイトルから受ける印象とは異なって、禅の庭園の形成史が中心で、思想的な考察は少ない。したがって禅の庭の魅力を正面から分析、あるいは語ったものではない。
ただし、筆者もまた、先の上田氏と同様、禅学を専門にしていた方ではないので、禅宗史の記述に不安を残す。そのせいか、禅宗史の説明が冗長で、自分の血肉になっていない印象をうける。
しかし、禅の庭園が如何にして形成されていったのか、ということを知るにはにまとまっていて良い。総合的に禅の庭園について知りたい人には良書と言えるでしょう。
2008年06月04日
おすすめ書籍:雑誌『プレジデント』6月号

雑誌『プレジデント』6月号「挑む!やり抜く!『歴史・古典』入門」に、玄侑宗久師による「迷いが晴れる〈禅〉の手引き」が掲載されています。
人と比較しないこと、慢心しないこと、嫌なことを忘れる〈呆け〉という裏ワザも。
仕事で抱え込んでしまう悩み。
その一つに、職場での人間関係がある。
どうしたら相手を好きになれ、のびやかな人付き合いができるのか。
禅の世界に答えを求めていく。
またビジネスマンへの「写経」のススメも掲載されています。
「写経」は丸の内OL、有名経営者をどう変えたか。
静かなブームになっている写経。
262文字に秘められた生きる喜びを、実践者たちの生の声から学ぶ。
仕事で疲れた方、一読をオススメします。
2008年06月03日
その他の情報:般若心経×オーケストラ
yahoo動画で、オーケストラと僧侶達の般若心経の読経のコラボレーションの模様を見ることができます。
マイケル・ケイメン指揮 東京ニューフィルハーモニック管弦楽団 「GME 序曲」(00:12:30)
1994年5月22日、奈良東大寺大仏殿前庭で催された「グレート・ミュージック・エクスペリエンス」最終日の映像から。
興味のある方はココ
「天平楽府のシルクロード~チーフタンズのトラッド~レナード衛藤率いる和太鼓~お坊さんたちの般若心経。スペクタクルな楽想とオケの推進力がワクワク感をさらに高めます。
「あをによし 鹿もホトケもロックンロール!」と。大仏様の鎮座まします御前での大イベントは、世界文化遺産の保護を訴えるユネスコのキャンペーンの一環として企画されたもの。古今東西の音楽家たちによって織り成されたリズムとメロディーの大狂想曲が、新緑の古都の月夜に高らかに響きわたってゆくようで。南無」。(yahooより引用)
