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コラム:「他の財を数える」

日夜、他の宝を数えて
自らは半銭の分なし。
これは、曹洞宗の道元禅師が著した、『学道用心集』の中の言葉です。
他人の財産をいくら数え上げたとしても、それによって自分の財産が増すことはない。そんな行為は虚しく無益なものだ、という意味です。
さて、人は往々にして他人の懐具合が気になるものです。
「あの人はどうしてあんなに裕福な暮らしをしているのか」とか、「おのお宅はあんなに立派だけれど、一体、お給料はどれくらいなのか」などという想像や、うわさ話の一つもした経験はありませんか?
ひどいものになると、「あの人はあんなに立派な家に住んでいるのだから、きっとろくな事をしていない」などという人もいます。そんな思いや言葉は、なんとも悪意に満ちたものです。
しかし、そんな風に他人の財産を気にしたところで、自分の財産が増える訳でもなく、暮らしが良くなる訳でもありません。なんとも虚しく無益なことです。
そんなことを考えている暇があれば、仕事に励んだ方が、ずっと自分にとって有益でしょう。学問に励んだ方が、余程身になります。
またこうも言えます。
口先で、いくら立派な古人の名句・名言を並び立てたとしても、その人の行いがその言葉に適うものでなければ、何の意味もありません。他人の褌で相撲をとっているだけのことです。この場合、「他の宝」は、「古人の名句」ということになります。
学道でも同じことです。山程の知識を頭の中に詰め込んだとしても、その知識を本当に自分の生活の中で生かすことができなければ、宝の持ち腐れです。
問題は、その人が、如何に自分の心を、人格を磨こうと努力するかどうかということです。それこそが、自分の財産を増す、ということなのです。もっと、自分自身に目を向けるべきです。
いい加減、他人の懐を気にするのはやめたらどうですか?
それだけで、きっと心が軽くなるはずです。
投稿者 sougen : 2008年05月17日 19:19
