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コラム:主人公に生きる

随処に主と作れば
立処、皆な真なり
これは、中国の唐末の頃に活躍した、臨済義玄(?~866)の言葉です。
たとえ何処にいたとしても、自分が「主人公」でいることができれば、自分の立っているその場所が真実となる、という意味です。
では「主人公」とは何でしょうか?
「主人公」とは、一般に劇や映画の中心人物を言いますが、ここでも同じような意味でしょう。ただしここでの「劇」とは、人生のことです。あなたはあなたの人生の「主人公」になり得ていますか?
時間に追われて自分を見失っていませんか?お金の奴隷になっていませんか?はたまた、自尊心や虚栄心に振り回されていませんか?
こうした生き方では、とても人生の「主人公」になっているとは言えません。あなたが本当にあなたの人生を生ききってこそ、本当の「主人公」と言えるのです。
臨済はこう言います。
「君たちは、その場その場で主人公となれば、おのれの在り場所はみな真実の場となり、いかなる外的条件も、その場を取り替えることはできぬ」(岩波文庫『臨済録』p.51)。
どんな場所にいても、「自分」を見失わなければ、あなたはその場の「主人公」です。
ではどうすれば良いのでしょう?それは、その場その場のことに集中して生きて行くこと、その状況と一つになり切って余計なことを思わないことです。
仕事をしている時は、仕事になり切る、家事をしている時は家事になり切る、夫なら夫として、妻なら妻としてその本分を尽くして生きて行くこと。その時、あなたは「主人公」に生きていると言えましょう。
あらゆる状況を無心に受けいれ、その中で快活に生きていくことができれば本当の自由です。
江戸時代の良寛さんは、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬるがよく候。これはこれ災難をのがる妙法にて候」(災難に逢えば、逃げだそうとせずに災難に立ち向かいなさい。死ぬ時にはジタバタせずに死ねばよろしい。これこそが災難から逃れる妙法なのだ)と言いました。
これこそまさしく「随処に主となる」生き方です。あれこれ考えても仕方がありません。「今」を生ききれば、自然と「立処皆な真」となることができる筈です。
投稿者 sougen : 2008年05月10日 17:03
