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コラム:今週のことば

身の咎(とが)を己(おの)が心に
      知られては
  罪のむくいを
     いかがのがれん

(自分の過ちを自分の心に知られた以上、その罪の報いからどのようにして逃れることができようか?)

この言葉は、至道無難(しどうぶなん・1603~1676)禅師の言葉です。

誰も見ていないからと、自分の過ちをごまかした経験はありませんか?

例えば、煙草やゴミを町中に捨てたことはありませんか?他人の物を黙って拝借したことはありませんか?

誰かが見ていれば多少やましさもあるでしょうが、誰も見ていなければ、人はつい過ちを犯しがちです。

しかし、いつも自分の行動を見ている人がいます。それはあなた自身です。他人はごまかせても、自分をごまかすことはできません。

中国の後漢の楊振という人が贈賄の申し出を固辞し、「天知る、地知る、子知る、我知る(たとえ誰も見ていなくとも、天と地は知っているし、私も、そして贈賄をするあなたもこのことを知っているではないか)」と言いました。

「この程度なら…」、人は軽い過ちなら自分でさえもごまかそうとします。しかし、軽い過ちをくり返すことによって、より大きな過ちに対しても無神経になっていくものです。過ちに軽い重いは関係ありません。自分の心にとっては、みな等しく「罪」に他ならないのです。

人は、自分の中の「正直な心」に従って生きていくべきです。


投稿者 sougen : 2008年03月16日 19:39

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