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コラム:恩愛(おんあい)、甚だ絶ち難し

この言葉は、浄土真宗の開祖である親鸞聖人のお言葉です。
「恩愛」とは、夫婦や親子間での愛情のことを言います。「恩愛、甚だ絶ち難し」とは、深い愛情で結ばれている夫婦や肉親への愛情を断ちきることは困難なことだと言う意味です。妻子を持っていた親鸞聖人らしい人間的な言葉です。
仏教には「恩愛別離」という言葉があります。これは「愛別離苦」(愛する人との別れ)とも言われ、仏教の八苦(人間の根源的な苦しみ)の一つに挙げられます。
愛する人を亡くした苦しみは、体験した人にしかわからない非常な苦しみです。
われわれ僧侶の仕事は、こうした愛する人を亡くしたご遺族とのお付き合いが中心です。ご遺族はみな、大なり小なりその苦しみに直面しています。
そして遺族の多くは、あるいは時間の経過によって、あるいは現実を受けとめることによって、そのような苦しみを克服していかれます。
しかし、皆が簡単にそのような苦しみを克服できる訳では無く、いつまでもそのような苦しみに苛まれ続ける方もいらっしゃいます。
そのような方を前にして、我々が出来ることは何か、どんな言葉をかければよいのか、我々もまた迷い、苦しみます。
そもそも「諸行無常、諸法無我」(あらゆる現象は変化しつづけ、あらゆる存在には永遠なものなどない)は仏教の根本的な教えです。世間は無常なものであり、身も心も幻のごときものなのです。
しかしそれがいくら普遍の真理であったとしても、いざ現実の場で「愛別離苦」に遭遇した時、その真理を簡単に受けとめることなどできないのが人情というものです。
当HPでも紹介いたしました『文藝春秋SPECIAL』2007年夏号の中の、保坂正康氏というノンフィクション作家が著した「二十二歳で逝った息子へ ―愛する家族の喪失と再生―」という一篇のエッセイを読み、大変に啓発されました。
その中に、英国の王立精神医学大学発行の「悲しみに関するリーフレット」の、次のような「愛する人を喪った悲しみ」のプロセスが紹介されています。
①最初の悲しみ
(愛する人を喪ったあと数時間は現実が信じられず、呆然としてしまう。いわば感情の麻痺状態)
②不安感と故人への恋しさ
(どうにもならない不安感、そして故人が存在していないのにその姿を求めたりする。現実が受けいれられず不眠症になることもある)
③怒りの感情
(死を防ぐことができなかった医師や、故人を愛していないと思われる友人や親戚、そして自分を置いていった故人への怒りなど)
④深い罪悪感
(故人にもっと優しく接すればよかったとか、ああいう病院に入れなければ助かったのにという自分を責める気持ちが強まる)
⑤静かな悲しみ、引きこもり、沈黙といった状態
(他者と接しない、あるいは口数も少なくなる)
⑥突発的な悲しみ
(故人を偲ばせる人、故人のいた場所や遺品を見ると急に泣き出したり、深い沈黙を続けたりする)
⑦悲しみの薄れ
(最初に感じた痛烈な死別の悲しみは薄れ、しだいに他のことにも関心が向くようになる)
⑧故人を解放し、自らも新しい人生を始める
(抑鬱状態は薄れていく。睡眠も十分に取れるようになり、活力も戻ってくる)
一般的に、第1段階から第8段階に至るまでに1,2年程かかるとされています。しかし、それも個人によって差があります。
保坂氏自身、最愛の息子の死を克服できず、第8段階に至るまでに5年程かかったことを告白しておられます。そして、その苦しみをようやく克服した保坂氏は、これらの8段階にさらに2段階を追加されています。
⑨故人を自らのなかに抱え込む
(故人のなかに存在したであろう自らのイメージを守ることが故人を抱え込むということである)
⑩自らの死によって「愛する人」もまた再度死ぬ。それまでは「愛する人」と共に生き抜く。
(悲しみを乗り越えるのは本人が自立することである)
保坂氏は最終的に第10段階のような結論に到りました。そしてこのように仰っておられます。
「私は息子の死を通じて悲しみから逃げてはいけないとの思いをもつ。速効的な宗教上の考えや酒などに逃避してもそこには解決はない。自分が自立した姿勢で悲しみと向き合っていく。その強さをもつことで死者とともに生きているとの実感をもつ。それが人間的な成長ということでないかとも思うのだ。」
ここで保坂氏が、「宗教上の考えや酒などに逃避してもそこには解決はない」と述べておられることは注意が必要です。これは、自分の力で乗り越えることから目を背けるべきではない、という意味でしょう。
ともあれ保坂氏は、息子さんの死を受けいれるまでの長い苦しみを経た後、今は亡き息子さんが、保坂氏の中で依然として生きているのだとの自覚を得るに至ったのです。そして保坂氏は、そのことに気付いた時、自らの生もまた充実したものとなったのだと述べているのです。
中国の大慧宗杲(だいえそうこう)という禅の僧侶もまた、家族を亡くした遺族に対して次のように述べています。
「父母と子供との恩愛の情は、限りない時間をかけ、限りない生死をくり返す間に染みついたものだからこそ親子となったのです。自分が日頃愛しているものを天が奪ってしまったのです。どうでしょう、忘れられますか?忘れられませんか?…悲しみを克服したいのなら、今悲しみなさい。亡くなった方のことで思い悩まないようになりたいのならば、今思い悩みなさい。思いに思いを重ねて、恩愛の情ををきれいさっぱり払い捨てるのです。そうすれば、自然に悲しみのない境地にいたるでしょう。今、思い悩まないように、悲しまないようにしなさいと勧めることは、まるで火に油を注ぐようなものです。」
ここで大慧は、愛する人を亡くした悲しみを堪えるのではなく、反対に思い悩み、悲しみ尽くしなさいと言うのです。そして、その悲しみの果てに、きっと真の安心が有るのだと教え諭すのです。大慧の主張は、保坂氏の経験に重なります。
死は誰にでもいつかは訪れます。しかし遺族はその衝撃を簡単には受けいれることはできないでしょう。しかし、保坂氏が最終的に得た境地のように、死者は遺族の中で遺族と共に生き続けるのです。だからこそ、遺族は自らの生をより充実したものに変えていくべきなのです。遺族が悲しめば、遺族の中にいる死者もまた悲しむことでしょう。反対に、遺族が笑えば、死者もまた遺族の中で笑っているに違いありません。
しかし、そのような境地に至ることは決して容易ではありません。そして、それが出来るのも、悲しんでいる当の本人だけなのです。我々は死者の供養を通して、その手助けをすることしかできません。
決して現実から目を背けてはいけません。死を受けいれることから新しい生が始まるのです。時間はかかるかもしれませんが、決してその過程を投げ出してはいけません。
一方でわれわれ僧侶自身も、「愛別離苦」に苦しむ遺族に対して、体のいいうわべを取り繕った「宗教の言葉や考え」に逃避することは避けねばなりません。遺族の悲しみを我が身に引き寄せ、遺族の苦しみを分かち合った上で、自らの言葉や考えによって遺族に対さねばならないでしょう。それが「生きた」宗教のあり方と言えるでしょう。とても困難なことですが、それがわれわれ僧侶に課せられた課題なのです。
最後に、幼い子供を亡くした母親が、長い苦しみを経た後につくった詩を紹介して筆を置きたいと思います。
パニックはゆっくりとしか去らない
この悲しみに備えるのにすでにわたしには長い長い時間がかかった
なぜこの子は逝こうとするのか、なぜなにもかも長くは続かないのか
未来が過去の事であってはならないのに
だがしかし、ある歌は短い、ある歌は長い
完璧な4年間、でも短い歌だった
だけどああ今日この子は歌っている、活き活きと、大きな声で
そして未来はようやく現在に ―今に、なった (『死ぬ瞬間と子供たち』)
投稿者 sougen : 2007年07月01日 18:04
