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コラム:あるお婆さんのはなし

かれこれ10年程も前のはなしでしょうか。ある檀家さんのお婆さんの娘さんがお亡くなりになられました。
お婆さんは当時すでに80歳、娘さんも60歳ほどでした。お亡くなりになった娘さんは独身で、お婆さんと二人きり、お婆さんのお世話に生涯を費やされた方でした。
そのようなことから、お婆さんの悲しみは非常に激しいものでした。
「私のためにあの子は死んだんだ」「早く死にたい、早く死にたい」
と悲痛な叫びを繰り返されました。
お婆さんは顔を合わせる度に衰弱していかれます。正直、私にはかける言葉もありませんでした。私に出来ることは、供養のためにお経、それも『観音経』というお経をあげることだけでした。
『観音経』は、観世音菩薩が三十三の姿に変化して人々を救って下さることを説いたお経。
お婆さんは信仰心が篤く、普段から『観音経』を読誦しておられましたので、一緒に懸命にお経をあげました。
そんなある日、お婆さんと顔をあわせると、少し精気が戻っていました。そして、お婆さんはポツポツと話し始めました。
「私は娘が亡くなってから、毎日、娘の供養のために懸命に『観音経』をあげています。苦しいときに「妙法蓮華経観世音菩薩普門品…」(=『観音経』の題名)、哀しい時に「而為説法…」(=『観音経』の一節)と、何度も、何度も、一心不乱にお経をよみました。
けれど、顔をあげると娘がそこに立っているんです。それも悲しそうに…。私は涙が止まりませんでした。そしてまた『観音経』をあげ続けました。
そして昨夜のこと、『観音経』をあげながら、心の中で、〈観音様、どうか娘をお助け下さい、どうか娘をお助け下さい〉と願っていました。そしてふと気がついて顔を上げてみると、そこには娘ではなく観音様がお立ちになっておられました。
それはそれは神々しい姿でした。一瞬娘はどこに行ったのかと思いましたが、観音様の後ろに隠れているのがわかりました。それからは観音様が娘の代わりに現われるのです」と。
私はその話を聞き終った後、しばらく沈黙をおいてそのお婆さんに尋ねました。
「お婆さん、その観音様は今どこにいますか?」と。
すると、お婆さんはしっかりと私の眼を見据えてこう言いました。
「ここです」と、そう言ってお婆さんは自分の胸を指さしました。
皆さんはこの話を聞いてどう思いますか?
お婆さんは幻覚を見たのでしょうか?
いえ、お婆さんには確かに観音様が現前したのです。そして、お婆さんにとって、観音様は今も心の中にいて、娘さんを包んでおられるのです。それが信仰というものなのです。
お婆さんは、今は介護施設に入っておられます。そして今も元気です。
きっと、今も『観音経』をあげながら、観音様と一緒に生きておられることでしょう。
投稿者 sougen : 2006年12月17日 15:27
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