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2006年03月26日
おすすめ書籍:水上勉『土を喰う日々ーわが精進十二ヶ月ー』
生きる為には食せねばならぬ。では「食」の本質とは?
著者は少年の頃、京都の禅寺で精進料理のつくり方を教えられた。畑で育てた季節の野菜を材料にして心のこもった惣菜をつくる。
本書は、そうした昔の体験をもとに、著者自らが包丁を持ち、一年にわたって様々な料理を工夫してみせた、貴重なクッキング・ブックである。と同時に、香ばしい土の匂いを忘れてしまった日本人の食生活の荒廃を悲しむ、異色の味覚エッセーでもある。
禅の教えは日常生活のいたる所に見いだせる。その最たるものが「料理」だ。よって道場では殊の外料理の方法についてうるさく言う。その役も、長い間修行したものしか請け負えない。それだけ難しいのだ。
著者は回想するー
九歳から京都へ出て、小僧になった相国寺の瑞春院も、不思議と孟宗藪にかこまれていた。和尚は、やはり、五月がくるとトンガをもって、ぼくと筍掘りをやった。
「地面に出とるようなのは堅いでな」
と和尚はいったものだ。
(中略)
和尚はこれ(筍)を藪の中でむくようにと命じた。台所へ持ち帰って皮をむけば、また、捨てにゆかねばならぬ労力を省いたわけだが、
「肥やしになるでな」
というのが口ぐせだった。皮もまた肥料になるべく、くさるのである。
生命あるものを「いただく」、感謝する。料理とは「いのち」を工夫することなのだ。
新潮文庫、420円。
おすすめ書籍:末木文美士『仏教vs.倫理』
日本の思想」ここにあり!
〈人間〉を逸脱する他者・死者との関わりを問いなおし、混迷する現代の倫理を超える新たな可能性をさぐる。
「せっかく手元に先人たちの深い思索の跡が残されているのであれば、それを活用しない手はない。しかも長い間の先人たちの積み重ねは日本の文化の深層レベルに沈められ、僕たちの発想を規定しているのではないか。仏教的な発想の解明は、同時に僕自身の深層の解明ではないのか」。
ちくま新書、2006年2月10日、252頁、740円
【著者紹介】
末木文美士(すえき ふみひこ)
1949年山梨県甲府市生まれ。東京大学文学部印度哲学科卒業。同大学院人文科学研究科博士課程単位取得。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。専攻は、仏教学、日本思想史。著書に、『日本仏教史』(新潮文庫)、『仏教思想』(改訂版、放送大学教育振興会)、『明治思想家論』『近代日本と仏教』(ともにトランスビュー)、『解体する言葉と世界』(岩波書店)、ほか。
2006年03月18日
コラム(6):彼岸

今日から春分の日をはさむ一週間はお彼岸です。
日本での彼岸の起源は古く、『日本後紀』第十三、大同元年(806)の条に、既に彼岸会が行なわれていたという記録が見えます。
春分・秋分の日を中日として彼岸が行なわれるのは、その日は太陽が真東から出て真西に沈むからで、その太陽が沈む場所こそが、阿弥陀仏のいらっしゃるお浄土です。つまり、お浄土のある場所を正しく見つめることの出来る日が彼岸の中日なのです。
因みに、我々が現在暮らしている世界のことを「此岸」、阿弥陀仏のいるお浄土を「彼岸」というので、この時期のことを彼岸と言うようになりました。
「彼岸」の本来の意味ですが、彼岸は梵語でparamita、漢語で「波羅蜜多」と訳します。有名な『般若心経』中に見える「摩訶般若波羅蜜多」の「波羅密多」がそれです。「波羅密多」は正式には「到彼岸」、つまり、涅槃寂静の世界に到達するということです。
さて、皆さんはお彼岸には亡くなったご家族が皆さんのお宅に帰って来る時期と思われているのではないですか?しかし、本当は、上記の通り、「此岸」にいる皆さんが「彼岸」を想う期間なのです。
お彼岸に涅槃寂静にいらっしゃるご家族を想い、御供養をすることは当然ですが、それと同時に皆さん自身が普段の生活を見直し、正しい生活を志すことも必要なのです。
そして、その方法は、①布施、②持戒、③忍辱、④精進、⑤禅定、⑥智慧、の六つです。この六つを「六波羅密」と言って、これは仏教を信じる人々の基本的な生活徳目です。
①の布施とは、見返りを期待しない贈り物のことです。これは金品の「布施」だけでは無く、身近な方に優しい言葉をかけてあげたり、笑顔で接する、といった行為も含みます。
②の持戒とは、仏教の戒律を守ることです。これは、次の五つです。まず、殺生をしないこと、第二に盗みをしないこと、第三に淫らな行為をしないこと、第四に嘘をつかないこと、第五にお酒を飲まないこと、です。
③の忍辱とは、堪え忍ぶことです。例えば電車に乗っていて足を踏まれたとしても、カッとせずに我慢し、相手を許してあげることなどです。それに笑顔を返してあげることが出来れば、布施も実現しますね。
④の精進とは、努め励むことです。お仕事に就かれている方は怠惰な態度を改め、一心に仕事に励まねばなりません。
⑤の禅定とは、坐禅のことですが、実際に坐禅を組まなくても、心を静かに落ち着かせることだけでも結構です。
⑥の智慧とは、正しく事物の本質を見極める英知のことですが、先の五つを実践すれば、自然とこのような智慧は具わってくるでしょう。
どうですか?実践出来そうですか?
しかし、お彼岸を迎えるに当たって、普段の生活を見直し、このような六つの徳目のどれか一つだけでも実現出来るように、皆さんも努力しましょう。
それがお彼岸のもう一つの目的なのですよ。
2006年03月05日
本堂改修:工事(3月5日)
昨年11月からの大工工事が終了しました。
今回の工事を請け負って頂いた宮大工さんには、殆ど休みも取らず、早朝から夜遅くまで、連日、本当に熱心に仕事をして頂きました。その甲斐あって、御覧の通り大変に立派なものとなりました。
脇仏をお祀りする場所。花頭窓の漆が美しい。
内陣の天井です。今回は格天井に改めました。これまでは合板の一枚板でしたが、手垢が付いたりして汚れが随分目だっていました。内陣はご本尊をお祀りする神聖な場所です。本堂の、いや当山の心臓部にもあたる中心となる場所ですので、出来るだけ立派なものにしたいと心掛けました。
今の工事は分業制です。大工工事が済むと、今度は電気工事、左官工事と続きます。
因みに、今回の工事をして頂いた宮大工さんは、引き続き大分県の住宅建設に携わるため、一ヶ月間大分暮らしとなるようです。「師匠のお子さんの住宅なんですよ」と仰っておられました。
道具箱一つを担いで諸国行脚…、格好いいですね。
