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2005年12月22日
本堂改修:工事(2005年10月~12月)
10月に入り、いよいよ工事が始まりました。
【10月】
仏具を撤去した本堂
9月中に、「浜屋」さんにお手伝いしてもらい、仏具類を全て撤去致しました。仏具などを撤去した本堂はガランとしています。
こうして10月に入り、工事が始まりました。まず床下の補強です。
床板をめくった状態
畳を外し、床板を一枚ずつ撤去していきます。すると、徐々に床下が見えてまいりました。当山の本堂の場合、床下が直接地面になっています。そして、床板は地面に置かれた礎石の上に支柱を載せて支えられています。礎石と支柱とは全く連結してはおりません。載せているだけです。昔の建物は皆こんな風に作られていたのでしょう。
しかし、当山の本堂が現在建っている場所は、戦前は放生池があった場所で、もともと地盤の緩い場所です。しかも阪神大震災によって陥没や段差が地面に生じております。したがって、礎石も地面の昇沈に伴って大きなズレが生じております。支柱は床板を支える梁と連結していますから、礎石には付いてはいきません。つまり、支柱の多くが宙ぶらりんの状態になっていた訳です。
住職によりますと、地震後、以前当山に関わっていた建設会社に一度補修をさせたとのことでしたが、その補修のズサンなこと…。

なんと、支柱に写真のように板切れを挟みこんでいただけでした。施餓鬼法要の時など、数百人がこの本堂に入ります。そんな荷重にこのような状態ではいつまで耐えられるか甚だ疑問です。むしろ、これまで大事故が起らなかった方が不思議な程でした。
このようなあくまで緊急の補修の状態では危険窮まりありません。設計士の東氏・副住職もこのことは予測しておらず、大慌てで事態の改善に努めるべく話し合いを行ないました。
その結果、計画を変更し、床下に鉄筋コンクリートを敷いて、新たに礎石を作り直し、床板と新たな基礎の部分とを連結させることによって強度を保つことと致しました。
その為には追加の予算が必要となりますが、皆様に今後本堂を安全にご使用頂く為にも不可避の工事です。躊躇無く了承し、施工会社には急いでその工事にあたって頂きました。
【11月】
鉄筋の敷設
床板を支えるだけですので、そんなに沢山の鉄筋は必要ありません。御覧の通り、いわば鉄筋の網をシートの上に載せ、鉄筋は壁部と連結させることによって強度を保ちます。その上からコンクリートを流し込みます。
コンクリートの流し込み
【12月】
コンクリートの打設も終り、その上にコンクリートブロックを固定し支柱を載せていきます。梁板は既設のものを転用します。しかし、撤去の段階で破損のひどいものは新たなものに取り換えます。
整然と並ぶ支柱
整然と支柱が並んでいきます。規則的に並べられた支柱を見て、「綺麗だなあ」と思う一方、「これで一安心!!」と胸をなで下ろしました。

支柱と礎石とは固定しておらず、以前と同様に礎石の上に支柱を載せているだけですが、写真の通り、梁と基礎を金具で固定することによって、礎石と支柱とのズレを防ぎます。
床板もはり終りました。大工さんには朝早くから夜遅くまで丁寧な仕事をして頂いております。現在仕事をして頂いている方は、尼崎市の園田の方です。お若い方ですが、宮大工を志し、ある高名な宮大工さんについて修行をなさった後、独立されました。最近は、こういったいわば「古い」仕事に携わる若い方が増えております。
以前、仏像の修復を依頼した工房でも、棟梁の方以外は皆20代の若者ばかりでした。しかもその何割かは女性!!ウーマン・パワーを感じざるを得ません。
近年の風潮からか、子供までが安易に起業家になりたいとか、株の勉強をしたいとか口にするようになっています。
バブルの頃の浮かれた風潮を反省していたこの十五年間が嘘のように、再び世の中の一部が浮かれ始めているようです。ただ「お金を儲ければいいんだ」とか、「ルールに則って株を買い占めているんだから何が悪いんだ」などという起業家や株屋さんが最近マスコミを賑わしていますが、彼らを見ていると、非常に人間的に薄っぺらい気がするのは私だけでは無いように思います。
コツコツと地に足を付けて生きること、一つずつ手で作り上げていくことの大切さ、そんなことを大工さんの仕事ぶりを見ながら感じ、後ろからそっと手を合わせました。

雪の境内
今日は大雪(12月22日)。寒風吹きすさぶ中、今朝も早くから仕事にかかっておられます。
今年もそろそろ終りです。これからは年越しの準備で忙しくなります。
