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2005年10月29日

おすすめ書籍:芳澤勝弘『白隠 ー禅画の世界』

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「秘められた禅的メッセージを読み解く
目からウロコの白隠ワールドへ」

 禅画はむずかしいと言われる。なかでも、江戸中期に臨済禅を再興した白隠は、特異な画風で知られ、これまで誤って理解されることも多かった。しかし、禅画とは本来「言葉で表現できない禅的メッセージ」を伝えるものである。白隠の禅画も、彼の事跡や著作、その時代背景を丹念に検証することによって、そこにこめられた意図がストレートに浮かび上がってくる。多様な作品を読み解きながら、禅画の世界へいざなう。

中公新書、2005年5月25日、269頁、820円

投稿者 sougen : 16:10 | コメント (0)

コラム:(2)「初心」 ー沼津・松蔭寺にて想うー

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 先日、所用で伊豆を訪れた折、少し足を伸ばして沼津の松蔭寺を参拝致しました。

 沼津は静岡県の東南部、伊豆半島の根元辺りに位置する町です。この沼津市の原町という東海道の宿場町に松蔭寺はあります。

 江戸時代の俗謡に次のようなものがあります。

 駿河にはすぎたるものが二つあり
      富士のお山に原の白隠

 実際、原町からは富士山がどこからもくっきりと見え、まるで富士山が我々を見下ろしているようです。この町に住む人にとって、富士山が特別な存在であろうことは想像に難くありません。
 そして、この町に住んだ人々にとって、富士山と並び称されるのが江戸時代の中期に活躍した白隠慧鶴禅師(1685~1768)なのです。白隠は日本臨済宗中興の祖として、臨済宗で最も有名な禅者の一人です。
 
 白隠はこの沼津の原町に生れ、松蔭寺を中心に活躍し、ここでその生を閉じます。

 白隠も富士山を愛した町民であった訳ですが、その白隠と富士山との因縁で、非常に興味深い逸話があります。

 富士山が休火山であることは周知の事実ですが、その富士山の噴火の中でも最大であったとされるのが、宝永4年(1707)、11月23日の大噴火でした。この時の噴火は、富士山の南東側山腹に宝永山が出来る程の激しさであったと言い、それは12月8日まで続いたと言います。

 この時、白隠は23歳、松蔭寺にありました。その『年譜』には次のように記されています。

松蔭寺の地面は大きく動き、お堂の屋根はその震動で大きな音をたてた。透鱗という兄弟子や同居している寺男達は、皆な庭に走り出てうずくまった。しかし、ただ白隠のみお堂に在って坐禅を続けた。白隠はその時、次のように心に誓っていた、「私がお悟りの眼を開くことが出来れば、あらゆる仏様が私をお守りになって、必ず災害から免れることが出来よう。しかしもし悟ることが出来なければ、瓦礫の下にあって死んでしまうに違いない」と。

 この時の噴火の激しさを知ると共に、白隠という一修行者の信念の強さを窺い知ることが出来る逸話です。何事も成し遂げるにあたっては、このような信念が不可欠です。

 禅の修行では、「信じる」ということを非常に重要視致します。信念が無ければ、どんなことも中途半端に終ってしまうことでしょう。

 『華厳経』という経典にも、「初めて発心する時、すでに悟りを得たのと同じである」と言っています。
 
 近年、「ニート」("Not in Employment, Education or Training"の略語)と言って、勉学に励まず、また定職にも就かずにいる若者のことが問題視されております。

 思うに、そんな若者達に欠けているのは、こんな「初心」ではないでしょうか?「初心」とは、何事にも礎となるものであると思えます。目先のことでは無く、こんな「初心」を生みだす環境をつくってあげることが、ニートの若者を増やさない第一歩であると、そんな風に思います。

 また定職に就いていても、その過程で様々な不安に駆られることもあるでしょう。そんな時、「信念」が確立していれば、きっと動じることは無いでしょう。

 あの雄大な富士山のように、どっしりと地に足をつけた生き方をするためにも、何事も「初心」が大事であると、今更乍らに感じます。


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投稿者 sougen : 15:50 | コメント (0)

2005年10月15日

おすすめ書籍:西村惠信『禅話集:花のありか』

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「脚下を深く掘り下げよ。あなたの求める真実の自己ー達磨と出あう旅が始まる!」

本書は、筆者である前花園大学学長・西村惠信師が諸処において行なった講演会の内容を文章に起こしたものである。
禅や仏教、更にはキリスト教の教えを通して人生について優しく説く。

目次
1、己事究明の道を行く
2、白隠和尚の修行と悟り
3、良寛さんと詩
4、謳うも舞うも法の声
5、仏教の勘どころ
6、開眼から瞑目へ
7、花のありか
8、禅僧の死生観
9、禅宗とは何か
10、禅 ー無明解脱の道
11,沢庵和尚の面目

ノンブル社、2005年、245頁、2300円

投稿者 sougen : 16:06 | コメント (0)

おすすめ書籍:玄侑宗久・坂本真典『祝福』

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「写真と小説・歓喜に満ちた出逢い
可憐な蕾、妖艶な花びら、
そして気高い滅びの姿ー
蓮の秘密は写しとられ、今、物語は生れる。
奇蹟の恋物語」

禅僧であり小説家、玄侑宗久師の最新作。玄侑師による美しい恋物語と、何年にも渉って上野不忍池の蓮を17000枚も撮影した中から選び取られた、坂本真典氏による美しい写真とが相俟って、読む者に清らかな涙を誘う。

しかし、そのテーマは仏教の諸行無常であると言えよう。

「植物としてのハスは、通常は〈荷〉と書いた。それに〈蓮〉という文字を当てはめるようになったのは、その花が〈恋〉を想わせたからだ。〈蓮〉と〈恋〉との音通を楽しんだ中国の文人たち。彼らによって蓮は、いわば〈祝福〉されたのである。
それは蓮が、極楽の花として祝福されるずっと以前の話だ(本文抜粋〉」

筑摩書房、2005年9月10日、126頁、1600円

投稿者 sougen : 15:59 | コメント (0)